と書きながら、延び延びになっていましたので、少し触れたいと思います。
NHK「鶴瓶の家族に乾杯」で宮前小学校が紹介されて以来、「一度訪れ
てみたいので、宮前への行き方を教えて欲しい」旨のお電話をいただいた
り、宮前小学校ご出身の方で「テレビを見て、懐かしくなってきました」と訪
ねていただいたりと反響が表れています。
私は小津監督ついて、ほとんど知識もなく、おまけに突然のロケ取材で、
たいした受け答えもできずじまいでした。それでロケの後、小津監督が宮
前小学校で教員をしていた頃のことを少し調べてみました。
小津監督は、19歳の時に、宮前小学校の前身である宮前尋常高等小
学校で、大正11年から12年にかけ、代用教員として、勤務していました。
今から94年前になります。その頃の記録が残っていないかと探してみた
ところ、金庫の中で、写真の「辞令写簿」を見つけました。
辞令写簿とは、教員がその学校に赴任した時の辞令を書き写したもので
す。その中に、
小津安二郎 宮前尋常高等小学校代用教員ヲ命ス 月俸〇〇円給与
大正十一年三月三十一日 飯南郡役所
とありました。小津監督が先生として過ごしたのは、宮前での1年間だけ
ですので、この文書は、そのことを示すとても貴重な資料だと思います。
代用教員として勤めていた時点で、将来これほど有名な映画監督になろ
うとは誰も想像していなかったのではないでしょうか。今の子どもたちから
も、将来小津監督のような有名人になる子が表れてほしいものです。